足利市の市民より「旧足利市民会館で使用されていた照明器具の一部が、現在の栃木県立足利高等学校に設置されている」との情報が寄せられ、この経緯をぜひ調べて欲しいとの依頼が舞い込んだ。
足利市を中心とした両毛地域の文化創造の拠点として、1966年9月に開館した『足利市民会館』。同会館は、耐震対応の不足、建物の老朽化等の理由により、2021年6月その幕を閉じた。
一方、第二期県立高等学校再編計画に基づき、県立足利高等学校と県立足利女子高等学校を統合することが、2017年県教育委員会より発表され、2020年には新校舎整備用地として、旧足利市民会館の敷地を県に提供することが決まった。

新校舎設計委託業者として選定されたAIS総合設計株式会社は、県土整備部 建築課、県教育委員会事務局 教育政策課高校再編推進班とともに、新校舎整備の設置計画を進め、2024年9月竣工。
今回の取材では各関係者より、旧足利市民会館から足利高等学校へと継承された部材・備品などとその経緯について話を聞くことができた。
Q 同会館から同校に継承された部材・備品などにはどのようなものがありますか。
AIS総合設計株式会社・田村加奈子さん(以下 田村)
同会館の噴水まわりの歩道に使われていた石畳を保存し、再利用する形で「外構の石畳」に使用しています。また「ホールに多く取り付けられていた特徴的なデザインの照明器具」は市民の方にも強く印象に残っているものではないかと選定しました。
さらに、同会館の象徴的なデザインであった「杉板型枠の意匠」を同校でも採用しています。以上の3点を継承しています。
Q 継承されたものは同校でどのように使用されていますか。
田村:「外構の石畳」は校舎南側の歩道の一部として、「照明器具」は状態の良いものを補修してライトだけをLEDライトに変更して、図書館上部に設置しました。「杉板型枠」は外壁の意匠ですので持っていくことはできないため、意匠・デザインとして校舎・正面玄関の外壁面に一部使用しています。


Q 特徴的な照明器具は誰のデザインですか。
田村:おそらく、同会館を設計した建築家の能勢修治さん(石本建設事務所)が建物と共に設計されたのではないかと思います。
Q これらを継承した経緯についてお聞かせください。
田村:私は足利市出身で、同会館については幼い頃から記憶に残っていました。同校の設計時に改めて確認させていただき、このとき継承できるものはないかと検討しました。基本設計の段階で、県と協議し、こちら側からの「継承する」という提案をさせていただきました。
Q この提案がなければ、全て廃棄されていた可能性もありますか。
県土整備部 建築課・堀 宗貴さん(以下 堀)
こちらとしては、何かを保存しましょうというような条件の指定はありませんでしたので、ご提案やアイデアがなければ廃棄になっていたかもしれません。
ご提案いただいた段階では、使用できるか否かはわからないが、とりあえす保存しておき、どんな活用ができるか道を探りましょう、ということになりました。アイデアから始まった取り組みでした。


Q 使用するかどうかの判断はどう下したのですか。
田村:照明は安全性を考え、吊り下げの部分は新しいのもに変更しています。再取付可能か設計段階で現物を使用して検証しました。
Q 継承できた3種類のもの以外に可能なものはなかったのですか。
田村:全体の予算などが決まっている中で、可能なものを選定した結果です。
Q 新しいものに比べ、継承することによるコスト面は。
堀:やはり保存の手間や保存場所の確保・補修費用を考えるとコストは上がってしまいます。
Q 同会館から継承されたという、市民に向けた告知はなかったようですが。
田村:このような継承が市民から求められているとの認識がなく、特別な告知は行なっておりませんでした。ただ、同校の竣工時の見学のときには、見学者の方々に「これはかつて市民会館で使われていた…」との説明をいたしました。
Q 今後、県内で老朽化した建物をどうするかなどの事案は増加すると思われます。技術的なこと・予算等の問題はあるとして、古い物を継承する可能性はあるのでしょうか。或いは新しいものが優先されるのでしょうか。
堀:両方のアプローチがあると思います。施設を更新していくという上で新しいものが求められる。一方で歴史的な建物について、思い出も含めて継承が必要だという声があれば、検討していくということではないでしょうか。どちらかということではないと思います
県教育委員会事務局 教育政策課高校再編推進班・鈴木大吾さん
学校としても伝統継承のために残せるものは残してもいい。しかし、残すことが前提になるのは、予算的にも非常に難しいので、今回のように上手く使えるところがあるならば、検討しても良いと思います。
地域の文化・芸術を支えてきた旧足利市民会館の「外構の石畳」「照明器具」「杉板型枠の意匠」が、次世代を担う若者の学び舎で彼等のを未来を見つめ続ける。大きな時代の流れの中のひとかけらでも、歴史をつなぐ確かな証人なのだ。



取材・文/松尾幸子
写真/浦島大介
足利市民会館の写真提供/県土整備部 建築課