
台北・ハッスル事件簿。
両手でやっと持ち上げられる量の水がたぷんたぷんに入ったバケツを思い切りひっくり返す。
昔の人の例えは正確だ。
今週、台湾は雨続きだった。
熱帯気候特有でもあるのだが、バケツをひっくり返した様な雨とはまさにこう言うことだ。
外に出る時にはダウンを着ていた。
しかしながら、逆も然り。
これも熱帯気候特有の事だと思うのだが、一度連日の雨が去ると世界が記憶を無くしたかの様に昨日までの寒空とは打って変わって日光が地面を照らすかんかん照りとなる。
外で見かけるおじさんも半袖だ。
この天気に合わせて、僕は待ってましたと足を運ぶ所がある。
それは市民体育館のジムだ。
これまで、最新のスポーツジムにも通っていたことがあるのだが、台湾の市民体育館のジムは場所によってそれと同じくらい新しく、器具も揃っているのでプロテイン片手によく行っている。
実際に役柄によって作り上げた身体も、実はスポーツジムではなくてこの通っている市民体育館のジムによって十分達成されているものだ(今回掲載した写真参照)。
今回到着した時間が少し早かったこともあり、平日の午後も重なりジム内はいつもよりかなり空いていた。
僕は毎回ほぼメニューは変えずに、筋肉をつけて身体を大きくするというよりは「俳優として現場での急な要求にもちゃんと応えられる身体」にフォーカスして淡々とそれぞれのメニューを消化していく。
毎回のトレーニング時間は1時間。
この日も全く同じジムの時間を過ごしていた。
肩周りから背筋、胸から腕と一つ一つ丁寧に種目をこなしていく。
上半身のトレーニングをそろそろ終えて下半身の種目に移ろうとしていた時だった。
とあるご夫婦がジムに入ってきた。
細身な奥さんの方はランニングマシンの方へ向かったのだが印象的だったのは旦那さんの方だった。
旦那さんはとても大柄で、太ももを鍛えるマシンの方へのしのしと歩いて行き、どしんと豪快に腰を下ろした。
ちょうど僕もそのマシンを次の種目に当てようと思っていたのだが、他にも脚を鍛えるマシンはある為、戻ってくる頃にはその旦那さんも別の器具に移っているだろうと思い先に別のメニューをこなすことにした。
2・3種類の器具でのトレーニングを終えて再度太もものマシンの方へ「もう空いているだろう」と脚を運んだ。
が、だ。
それなりに時間が経ってから戻ったつもりだったが、その旦那さんがまだその器具に腰を下ろしていた。
そして、運動をしている気配はなく腰を下ろしたまま手元のスマホをずっといじっている。
「あらら。。。もう少しで1時間経っちゃうんだけどな。」
しかしながらそれは僕自身の都合なので、「まぁ仕方ないか、また先に別の種目をやって待とう。」と旦那さんの座る器具の前を通り過ぎた。
それからまた別の種目を終え、少し時間を置いてから再度その器具の元へと脚を運んでみた。
!!!
その旦那さんがさっき見た座りポジションのまま全く同じ姿勢でスマホをいじっている!
僕はというと、お世辞にも完璧とは程遠い人間です。
「(心の声)まじか旦那。怒」
僕はイライラに任せてあからさまに不機嫌なエネルギーを放出しながら旦那さんとアイコンタクトをすることとなった。
「。。。まぁ。いいや。今日はもう時間もないしストレッチをして帰ろう。」
そう不機嫌なまま別のマットが敷いてあるストレッチエリアへ移動し、この日のトレーニングを締め括った。
そしてストレッチを終え帰路につく為トレーニングのエリアに戻った時だ。
さっきまで器具の椅子にずっと座っていた旦那さんが自転車を漕ぐカロリー消費のマシンに移動して奥さんと並んでペダルを漕いでいた。
そして何やらお二人は身体を動かしながら会話を交わしている様な様子だったのだが、旦那さんの手元と目線はまーだスマホに釘付けで心ここに在らずの様子だった。
「(心の声)運動しにきた時くらい、スマホ仕舞えばいいのに。(実際にはこの数倍イライラしています。)」
僕はジムの出口に向かいながら、ペダルを漕ぎながらスマホに夢中な大柄な旦那さんの背中の後ろに差し掛かる。
「一体どんな会話をしてんねん。」
運動にも集中せずに、どうせ下らない話をしてるんだろう、と器具が使えなかったイライラも相まって、ペダルを漕ぐ音が近づくにつれてその旦那さんの背中を通り過ぎた。
その時だ。
「いやぁ、この福地祐介っていう日本人俳優を知っているかい?この間インスタグラムでたまたま見かけたんだけど3ヶ国語もできるんだって。凄い才能だね。」
。。。
神様、僕はどうしたらいいんでしょうか?
ジムに来て携帯ばっかりいじって器具を長い時間独占するのは良くない!それは良くない事だ!それはわかっていてもこの人は僕のことを才能豊かな俳優だと言っている!!
。。。
これはどうしたらいいだ!
どういう心持ちで通り過ぎたらいいんだ!
さっきまで負荷をかけられたがっていた準備万端の大腿筋を横目に目の奥は嬉しがって笑っている!!
どうしたらいいんだ!
今日、台湾は晴天だ。
空の下のジムでは、いろいろな事が巻き起こっている。

ふくち ゆうすけ
1984年足利市生まれ。俳優。
20代を東京、欧米で過ごした後、独学で中国語を修得。現在台湾、シンガポール、中国、日本を拠点に活動、その各国に主演作品を有している。近年、自身の水彩画やエッセイなどの創作が注目を集め、書籍出版や連載、講演等の依頼へも積極的に参加している。
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