
本当にあった晴天の霹靂。
僕は現在、全日本人俳優の中においてアジア圏の台湾やシンガポールをはじめとする主要都市の作品でテレビドラマ、映画、舞台において現地の言語で主役を務めることができる唯一の日本人俳優です(文字にするとすごいですね。自覚はありません。)。
こういった経歴を持つ僕という俳優は、逆に海外現地のエンターテイメント業界においても珍しい存在として見られます。そんな条件も相まって、映画祭や舞台挨拶、それに伴う記者会見等々のインタビューにおいて一番よく聞かれる質問があります。それは、
「海外の撮影現場で最も大きく違うと感じる点はなんですか?」
これまでに複数の国で色々な撮影現場を経験してきました。
その中で、最も印象に残っている海外ならではの撮影現場の瞬間があります。
それはまさに「晴天の霹靂」な出来事でした。
以前、シンガポールのテレビドラマにおいて、主演の1人を演じさせて頂く機会に恵まれました。日本でいう所の「月9」の様なゴールデンタイムのドラマで、1話1時間の全23話をかけてストーリーが進む探偵物の物語です。
僕はその探偵社の中の1人を演じたのですが、探偵物という性質上、変装の場面が非常に多く登場し、それに伴い衣装の量が他のドラマの数倍近くにのぼりました。
シンガポールのテレビドラマは、テレビ局制作の作品の場合衣装は基本的に俳優自身が管理するシステムになっています。
しかしながら連日の撮影で衣装がごっちゃにならない様に毎朝助監督がその日の服装を確認して各俳優のクローゼットにその日のシーンに合った衣装を掛けてくれています。
そうして撮影が2ヶ月ほど続いたある日のことです。
いつもの通り自分のクローゼットに衣装を取りに行くと、全く同じ柄のコートが2着用意されて掛かっているのです。
「あれ?」と思いながらも撮影の朝は常に慌ただしいのでそのまま2着手に取りロケバスへ乗り込みました。
その日の撮影は探偵社が追っていた犯人とついに対面し、逃走を図る相手を全力で追いかけ確保を試みるというシーンでした。
逃走を図る犯人は、表向きはマジシャンとして活動しながらも色々な”手品”を駆使して犯行に及ぶという役柄でした。
何度も追い詰めるもその都度あの手この手で僕ら探偵の確保を免れていきます。
そしてついに僕の役が犯人に追いつき肩に掴みかかるのですが、脚本に書かれている内容が、「犯人はここでも手品を駆使して手のひらから突然炎を出し、掴み掛かられた探偵の腕に火をつけそのまま逃走する」と言う物でした。
もちろん、この設定は既に脚本で事前に読んでいます。
ですが、そのシーンを実際に撮影するその日までこの場面を一体どうやって撮るのか全く想像がつきませんでした。
しかしながら、その日は朝からスタント担当の俳優陣が現場に来ていたのでそのシーンになったら彼らが代役として撮影するのだろうと思い、コートが2着用意されているのもその内の1着をスタントの方が着用するその為だろうと納得しました。
毎回、シンガポールのドラマではスタントの現場監督といえばこの人、という香港出身のベテラン俳優の先生がいます。
その日もその人が火を付けるシーンに差し掛かるにつれて弟子の俳優陣と火を点けるための小道具や消火の為のバケツや消化器を準備し始めました。
そして何やら自分の腕を使って「この袖全体の上側に火を点火させるオイルを染み込ませるから、火が上がる角度は大体この位だろう」とカメラマンと撮影するアングルを確認している様でした。
危険を伴うシーンの為助監督もその場に加わっており、片手に消化器を携えているのが見えました。
「何事もなく撮り終えられるといいなぁ。」
いくら香港のベテランさんがいるとしても、毎回危険物を扱うシーンは油断できません。
そうして全ての用意が整い、ついにそのシーンを撮影の時を迎えました。
僕は少し離れた場所に座って待機していたのですが、香港のベテラン俳優さんが僕の元へ駆け寄ってきました。
「よし、ユウスケ、準備できたぞ。コートの袖にこのジッポオイルを塗って早速本番だ。」
「。。。。え?」
何を言われたのかよくわからない僕。
「。。。。。。。え?(2回目)」
僕のそのまだ理解が追いついていない表情とは裏腹に、「ファミマ寄っていこうか」位の感じでジッポオイルを片手に僕を現場に呼び込む香港の先生。
「あっ! え、スタントの人が代役でやるんじゃないんですか?」
「??? 今回はジッポオイルだから!」
「あっ、いや、いやいやそういうことではなくて。。」
「そこまで燃えないはずだから! さ、準備できてるから早速本番でいこう。」
歩いて行っている目線の先の現場では、火を点ける側のマジシャン犯人役の俳優さんがバケツの氷水の中に手を突っ込んでいるのが見えました。
「え!点ける側も本人でやるんですか?!!?」
「???もちろんだよ、氷水に浸してから直ぐ手のひらにオイル溜めて火をつけて撮れば、袖に火をつけるくらいの時間問題ないさ!ジッポオイルだからね!」
ジッポオイルかどうかが問題ではないのです。
これを俳優本人がやるとは夢にも思っていなかったですし、色々な国で撮影現場を経験してきましたがこの状況は全く初の体験でした。
犯人役の俳優さんもシンガポール現地ではめちゃくちゃファンの方がいる有名な俳優さんです。
その俳優がもう既に僕の前方で火を付ける側の右手をバケツに浸しています。
この状況に、僕が自分でやるのを断るわけにはいきません。
僕はその時察しました。
「アクションの本場である香港の先生がスタントを務めるシンガポールの現場では、これがスタンダードで普通の基準なんだ。。。」
僕は撮影現場に到着すると目の前で進む準備に沿って焦る暇もなくコートの袖を差し出します。
しかしながら、僕は主演の1人を演じていた為、万が一このスタンダードでやってきていない僕自身の経験不足によって、撮影中に何かが起こってしまってからでは後の撮影スケジュールに大きな支障をきたしてしまいます。(主演は簡単に怪我等をしてしまってはいけないのです(持論)。)
「すいません!ちょっとマジで何か起こってしまってからでは遅いのでリハーサルだけ一回させて下さい!なんなら何回もリハーサルさせて下さい!というかジッポオイルってどのくらい燃えるんですか!?」
さすがはジャッキーチェン氏を輩出したアクション映画の大国・香港のスタンダードです。
後にも先にもこの経験を超える現場での驚きエピソードはそうそうありません。
角度を変えれば、それ以降僕の中での海外撮影でのアクション・シーンに対する心構えは一段も二段も上がりました。(毎現場、ビビっていてははじまらない、のと主要キャストとして必ず安全第一のせめぎ合いではありますが。ただこれができるのも良い俳優の要素でもあります。)
「海外の撮影現場で最も大きく違うと感じる点はなんですか?」
この経験を経てからと言うもの、上記の質問を聞かれる度に、僕の回答は「一度シンガポールで…」と物々しい雰囲気を醸し出しながら話始めます。

ふくち ゆうすけ
1984年足利市生まれ。俳優。
20代を東京、欧米で過ごした後、独学で中国語を修得。現在台湾、シンガポール、中国、日本を拠点に活動、その各国に主演作品を有している。近年、自身の水彩画やエッセイなどの創作が注目を集め、書籍出版や連載、講演等の依頼へも積極的に参加している。
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