
『Singles Best Archives』
(Warner)
キリンジのキンジチ
キリンジのベスト盤がそっくりすぎてたまげた。近似値がかなりおおきい。相手は1980年公開の映画のサントラ『幸福号出帆』。二枚のあいだに鏡を置いたような面対称の関係を見せる。
もともとは2004年にリリースされていた初のベスト盤を今秋アナログ化したもの。最初のCDもおなじだが、当時は『幸福号出帆』のことを知らなかった。近年それもアナログでリイシューされたが、今回その記憶が紐解かれ、二枚が蝶番となって見えたことになる。
それにしても運命とは、かくもふしぎであろうか。時代もジャンルもすべてが無縁にもかかわらず、双幅となった瞬間おなじ針路をとりはじめる。たがいを引き寄せるのは『幸福号出帆』の作者である三島由紀夫。意外な接点が浮かんできた。
『幸福号出帆』は新聞の連載として1955年に初出。ジャンルは純愛系だが、ノーマルではない。密輸組織に出入りする兄に心惹かれるのは異父の妹。数多の困難を乗り越え、ふたりは逃避行の旅に出る。表紙(帆船)はそこにつながるが、作者とキリンジをむすぶのは(別書だが)三島の『愛の疾走』(1963年)。文中の「みどり児」や「この虹のやうなものに全身を委ねよう」が、キリンジの「休日ダイヤ」(ベスト未収)の詞にもあるという。ネットでそう指摘するファン(ハンドルネーム:ミア、dj flyfisher)がいた。
裏どりはしていないが、真偽については歯牙にかけない。キリンジというアーティスト性がリスナーに与える喚起力こそ問われる話だから。つまりこういうことになる。著からの断章については事実である可能性はそれほど高くない。しかしキリンジそのものを語ろうとしたとき、三島が『幸福号出帆』でやろうとしていたことと重なる部分が彼らのメソッドにも見られたりする。
たとえばベストに入っている「エイリアンズ」(2000年)。異口同音に称されるこの名曲で引き合いにされる古典に、ニック・デカロの『Italian Graffiti』(1974年)がある。冷めたカプチーノみたいな口当たり、当時のことばでいうアンニュイな音空間との近似値はちいさくない。
『Italian Graffiti』はソフトロックと呼ばれ、古くは松任谷正隆の『夜の旅人』(1977年)にも影響を与えた。キリンジも洋楽的ではある反面、原詞を翻訳したような麗句ばかりでなく、一部において無骨な言い回しが用いられる。おそらくそれは歌詞のためのことばというより、状況に対する説明を折々あてがっているからではないか。MVがわかりやすいが、視覚的にもそのような志向、いわゆる異化効果の逆、デペイズマン的な発想が読みとれる。
そして当たらずも遠からず、三島もそれらしき実験を『幸福号出帆』でやっていた。グランドホテル形式(ホテルなどのおおきな場所を舞台に複数の人間模様を描写)と呼ばれるフランス伝統の構成術を、激動の昭和が舞台の大衆小説に取り込む。その筋からは消化不良と評されているらしいが、次作の『鏡子の家』では天衣無縫にして技法が生かされ高評価を得た。
三島もキリンジも仕掛けへの意識が高い。いたって平凡な素材を、通常ではあつかわないフレームワークに移植し新たな文脈をつくる。具体的な接点こそないが、ひょっとしておなじ手文庫を使っているのかもしれない。

OST
『幸福号出帆』
(Columbia)
音楽は服部克久。冒頭のジャズファンク「二人だけの海」がDJに注目され再発。絵は日本丸だが、キリンジのは木目の船体が海賊船のよう。それとシンクロするように海・陽・旅を想起させる曲名がならぶ(後年「進水式」も発表)メジャーデビュー20周年記念のベスト。堀込兄弟のユニットとしてスタートしたが、2013年以降は兄・高樹のバンドに。今秋、弟・泰行のソロ“馬の骨”のベスト『Best Of Uma No Hone 2005-2025』 もリリース。
Profile
若杉実/わかすぎ みのる:足利出身の文筆家。 CD、DVD企画も手がける。 RADIO-i (愛知国際放送)、 Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。 著書に『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』 『裏ブルーノート』 『裏口音学』 『ダンスの時代』 『Jダンス』など。ご意見メールはwakasugiminoru@hotmail.com