若杉実の裏口音学 Vol.140

目次

ナポリに微笑みを

NEIL SEDAKA
『Smile』
(RCA Victor)

 西武ドームの名物、エレクトーン演奏は傘マークの日に「雨に微笑みを」を場内に流す。2月に亡くなられたニール・セダカ(享年86)の曲だが、屋根が架設された1999年以前に聞こえてくることはなかっただろう。“傘”がなければ濡れるどころか試合もできない。

 それでも「雨に微笑みを」の恋人同士は「〽︎雨が笑っているね」と、ずぶ濡れになって田舎道を陽気に歩く。ふたりが育む“愛”ほど最強の傘はないだろうから。

 セダカがこの曲を発表したのは1974年。全米チャートの首位に輝いたが、彼でさえひさびさの金星だった。初の首位となった「悲しき慕情」(1962年)をはじめデビューからヒットを連発してきたセダカは、ロックンロールの申し子としてもてはやされる。いまでもその遺功は貴いが、ビートルズのような新たなロックが台頭すると、そんなスターにも陰りがみえはじめた。以降、復活の狼煙となった「雨に微笑みを」を生むまで、忍の一字で待つほかなかったのである。

 その間ソングライティングに重きを置き、また活動の場を海外にもとめることでスランプを乗り越える。とりわけイタリアとの縁は深い。欧州のなかでもセダカの人気が高く、キャロル・キング(学生時代の恋人)に捧げた「おゝ!キャロル」(1959年)は国内チャートの首位に11週間もとどまることに。レコード会社は機を見るに敏で、イタリア語によるアルバムを3枚制作。1966年の『Smile』(上掲)はその終章にふさわしい出来栄えをみせる。

 成功の鍵を問われれば答えはひとつ、彼の声質だろう。セダカを特徴づけるハイトーンボイスが、カンツォーネを愛する国民の胸に届く様子を想像するのはたやすい。オールディーズ特有のヒーカップも、巻き舌を駆使するカンツォーネとの近似値をうかがわせるもの。「彼にカンツォーネをうたわせたら……」——プロデューサーならそう考えてもふしぎではない。

 事実、ふたつの点においてセダカはそれを実行できる立場にあった。ひとつは語学力。スペイン人の祖母との会話もそつがなかったというが、スペイン語はイタリア語あるいはそれ以上にナポリ語(ナポリ他、南イの地域言語)に似ているといわれる。そして彼のバックボーン。ルーツにクラシックがあり、ルービンシュタインが審査員を務めるジュリアード音楽院の最優秀パフォーマーに選ばれるほどだった。

 ただし重要なことはほかにもあるだろう。『Smile』ではそれを、ふたつのナポレターナ(ナポリ民謡、カンツォーネの一種)「五月の夜」「あなたに口づけを」によって証明してみせた。

 「ナポリを見てから死ね」——ゲーテの言にもあるように、風光明媚な彼の地はイタリア国民のこころの古里。個人的にも心当たりがある。過日イタリアを一人旅した際、観光ならベネチアへ、イタリア人のことを知りたければナポリへ行けと現地で告げられた。あいにく回りきれなかったが、同地のピーノ・ダニエレの滋味深い歌を愛聴していたため、肌感覚でもそれはわかる。

 セダカも異邦人として真摯に向き合い、『Smile』を成功へと導く。アルバムの解説(裏表紙)にもこうある——「完璧なナポリ語」。それはこころでうたっているということに等しい。パスタにあってナポリタンにはないもの、きっとそういう意味である。

ニール・セダカ

「雨に微笑を」

(Polydor)

不朽の名曲とはまさにこのこと。デビュー時の張り上げる唱法を封印し、時代相応のソフトロック調に着地させている。日本人によるカバーも多く、TIME FIVEが「雨の樹の下で」(1978年)と題し日本語でカバーしたのが白眉。近年もジャンク フジヤマ、さかいゆうなどジャンルを横断して評価される。

『Smile』の表題曲はチャップリンの『Modern Times』のサントラより。ほかTHE PLATTERSで知られる「煙が目にしみる」など、ポップスのイタリア語カバーも聴きどころ。

Profile
若杉実/わかすぎ みのる:足利出身の文筆家。 CD、DVD企画も手がける。 RADIO-i (愛知国際放送)、 Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。 著書に『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』 『裏ブルーノート』 『裏口音学』 『ダンスの時代』 『Jダンス』など。ご意見メールはwakasugiminoru@hotmail.com

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