
『A Festive Occasion…Just For You.』
(The Fremantle Corporation)
逃走するグルメ
こんどはTOKIOの国分太一。これだけで通じるのもあれだが、それ以上におそろしいのが、引退理由が不明のまま逃げるように消え、「つぎはだれ?」と常態化しているわたしたちも右から左へ受け流していることだろう。
彼の出演番組では『男子ごはん』を、たまにだが観ていた。食べる専門だった国分が若手料理家と厨房に立つ。その初代だったケンタロウがフードスタイリストの大谷マキの旦那さんだと知り、気にかけるようになった。
“男子厨房に入らず”を遵守するわたしにとって、『男子ごはん』は本来、無用の長物でしかない。話を成立させるためには本筋から離れ、べつのストーリーを用意する必要がある。これだといえる物件にあたるため、記憶の糸をたぐる。すると、ブラウン管のまえで口を半開きにする小学時代の自分に出会えた。視線の先にあるのは『世界の料理ショー』(1968〜1971年)。好きだったのだろう、カナダの局が制作した公開番組(の再放送)。原題『The Galloping Gourmet(奔走するグルメ)』とあるように、料理研究家のグラハム・カーがキッチンを駆け回り、洒脱なトークと華麗な手さばきで視聴者のハートと胃袋をつかんだ。
彼を囲む家電も輝かしい。当時の日本では考えられないようなデカさで、できあがった料理もカロリー爆高。おおきいことが豊かさだと刷り込まされていた時代の象徴だった西洋文化を身近に感じさせる番組だった。
オープニングを飾る楽曲には伝統、格式といった文字が浮かぶ。ジャズということばこそ知らなかったが、耳心地がいい音は味覚を邪魔しない。グラハムいわく「食卓では照明を落とし音楽をすこし添える。ロマンスから遠ざかっていても、キミのこころの隙間は埋められるさ」。ハリウッドの脚本家も書かないようなセリフだって、彼のルーツにイギリス人の血が流れているなら許すしかない。
音へのこだわりも、関連のアルバム『A Festive Occasion… Just For You』から容易に察せられる。フランスのミュゼットからポルトガルのファド、チャイコフスキーの弦楽セレナーデまで。テーマ曲はカナダのシャン・シャンパーニュが作曲。当初(前身番組)はホルスト・ヤンコフスキーの「森を歩こう」だったが、奔走するグラハムにこの曲(歩)調は合わない。そう判断したのか、移住先のカナダで再スタートした際に差し替えられた。日本では日本語のタイトルテロップが先に出たが、ライ・クーダーがアーリージャズに取り組んだ「Shine」が使われている。
『男子ごはん』はその点カジュアル、ジョージ・ハリスンの「Got My Mind Set On You」(DJミックス版)だった。ジャズならいいという話ではないが、『世界の料理ショー』から国分が学べるならそれに越こしたことはない。グラハムの人生にも挫折の二文字はあるのだから。
世界中で放送され人気番組となるも、旅行中の自動車事故で身体麻痺となり、わずか三年で打ち切られている。さらに回復後は妻が大病を患うことに。ただし、このとき食生活を改善したおかげでヘルシー料理の研究に鞍替えし、テレビに返り咲いた。
『世界の料理ショー』『男子ごはん』いずれも放送していたのはテレ東である。国分は逃げずにマスターテープが眠る倉庫に向かうべきだろう。こころは“孤独のグルメ”だろうが。

RY COODER
『Jazz』
(Warner Bros.)
音の考古学者ことライの6枚め。初来日の1978年に発表。20世紀初頭のジャズや宗教歌を現代的に演奏。以降の知性派プロデュースの一端が垣間みられる。『世界の料理ショー』日本版のタイトルテロップを飾った「Shine」を収録。原曲はサッチモもうたったラグタイム調だが、ライはヴィブラフォンに包まり甘美に喉をふるわす。『A Festive Occasion…』はTHE JIVE FIVE他を手がけたジョー・ルネが音楽担当。
Profile
若杉実/わかすぎ みのる:足利出身の文筆家。 CD、DVD企画も手がける。 RADIO-i (愛知国際放送)、 Shibuya-FMなどラジオのパーソナリティも担当していた。 著書に『渋谷系』『東京レコ屋ヒストリー』 『裏ブルーノート』 『裏口音学』 『ダンスの時代』 『Jダンス』など。ご意見メールはwakasugiminoru@hotmail.com