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鯉の洗い
幼い頃、正月や夏休みなどになると家族で祖父母が所有する日光の別荘に泊まりがけで遊びに行った。その際、度々出かけたのが中禅寺湖に登るいろは坂の手前にあった淡水魚の養殖所。清滝地区の細い道から敷地内に入ると、まず美しい日本庭園があり、その奥には江戸時代に建てられたオーナー星野ご夫妻のご自宅。そのまた奥、山際の杉林の中に大きな生簀がいくつも点在していた。主に鱒や鮎を育てていたが鯉もいて、その場で捌いてくれる。持ち帰って、氷を敷き詰めた上に切り身を並べて冷たくなったのをいただくのが大好きだった。そのコリコリとした食感は新鮮でないと決して味わえない。
また食べたいと思ったが残念ながら星野さんは亡くなられ、今は金谷ホテルがその養魚所を管理しているとのこと。卸売のみで、どうやらもう鯉は育てていないようだ。それでも食べたい気持ちは治らず、去年の1月に群馬県吾妻にある養魚所を訪れた。寒い時期なら持ち帰っても大丈夫とのことなので、一尾おろしていただくことに。その夜食べた鯉の洗いは、言うまでもなく絶品だった。
両親は食事を決して子供の好みに合わせなかった。晩酌が常であった我が家では私は酒のつまみで育ったようなもの。鯉の洗いもそのひとつ。他にも色々な食材を経験させてもらったので、味覚の幅が広がり抵抗のある食べ物がなくなった。そのことは今でも両親に感謝している。
塩見 奈々江
しおみ ななえ/1983年東京都渋谷区生まれ。幼児期をイタリア、イギリスで過ごし大学進学でフィレンツェに渡り10年間暮らす。 現在は足利市の里山と東京の2拠点で暮らしながら、展示会やネットなどでヨーロッパの古道具を扱うBAGATTOを営む。
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